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横浜地方裁判所 昭和63年(レ)49号 判決

控訴人

小池揖子

右訴訟代理人弁護士

森田聰

被控訴人

酒井清子

右訴訟代理人弁護士

村山利夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人から控訴人に対する藤沢簡易裁判所昭和五七年(ハ)第五号土地明渡請求事件の和解調書第二項に基づく強制執行はこれを許さない。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

一  控訴人の請求原因

控訴人と被控訴人との間には、被控訴人を原告、控訴人を被告とする藤沢簡易裁判所昭和五七年(ハ)第五号土地明渡請求事件(以下「前訴」という。)の和解調書(以下「本件和解調書」という。)が存在し、右調書第二項には、次のような記載がある。

「被告(控訴人)は原告(被控訴人)に対し、昭和六二年一月末日限り、原告(被控訴人)から金二〇万円の支払を受けるのと引換に、別紙図面イ、ロ、ハ、イの各点を順次直線で結んだ範囲の土地(以下「本件土地」という)上に存する被告(控訴人)所有の建造物を収去して本件土地を明け渡す。」

よって、本件和解調書第二項の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は認める。

三  被控訴人の抗弁

1  前訴における昭和六一年一一月二六日の第一二回口頭弁論期日において、前訴の被告(控訴人)側は、訴訟代理人である弁護士久保田彰一(以下「久保田弁護士」という。)が出頭し、本件和解調書記載の和解が成立した。

2  控訴人は、久保田弁護士に対し、右和解成立に先立つ同年七月九日、前訴につき訴訟代理権を授与し、その際、和解についても授権した。

3  仮に和解についての特別授権がなかったとしても、控訴人は、本件和解の成立後、同調書に基づいて地上工作物の収去にかかり、和解に基づく義務の一部の履行に着手したから、控訴人は、久保田弁護士の代理行為を追認したと言うべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の事実中、控訴人が和解について代理権を授与したことは否認し、その余の事実は認める。

控訴人は、久保田弁護士に前訴の遂行を委任した際、右不動文字による記載は読んでいないし、久保田弁護士から和解の授権について説明を受けていないから、和解について特別授権したとは言えない。

3  同3の事実中、控訴人が地上工作物の収去に着手したことは認め、その余は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因及び抗弁1の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、また、抗弁2の事実中、原告が久保田弁護士に対し前訴の訴訟遂行について訴訟代理権を授与したことも当事者間に争いがない。

二右代理権授与の際、和解についても特別授権したか否か検討する。

控訴人の久保田弁護士に対する訴訟委任状である〈証拠〉には、委任事項の一つとして、不動文字で、「和解、調停、請求の拠棄、認諾、復代理人の選任、参加による脱退」と記載されているところ、右訴訟委任状の作成氏名欄の署名、押印が真正に成立したことは、当事者間に争いがないから、右不動文字で記載された部分も控訴人の意思に基づいて作成されたものと推定される。

控訴人は、これに反して、久保田弁護士に前訴の遂行を委任した際、右不動文字による記載は読んでいないし、久保田弁護士から和解の授権について説明を受けていないから、和解について特別授権したとは言えないと主張して、〈証拠〉の前記不動文字部分の成立を否認し、控訴人本人はこれに沿う供述をするほか、和解について訴訟代理権を与えていない旨供述する。

しかしながら、〈証拠〉を総合すると、控訴人は昭和五七年一月ころ、被控訴人から土地約0.4平方メートルの明渡しを求める訴(前訴)を提起され、夫である訴外小池太郎(以下「小池」という。)を代理人とする代理人許可申請をしてその許可を得、同人に対して和解を含む民訴法八一条二項の事項をも委任したこと、小池は、第一回口頭弁論期日以降訴訟代理人として訴訟遂行をし、昭和五七年六月には和解期日にも出頭したこと、昭和六一年七月初めころ、控訴人は、以前別の民事訴訟事件の委任をしたことがある久保田弁護士に訴訟遂行を委任したこと、久保田弁護士への具体的な依頼は小池によるもので、久保田弁護士は受任するにあたって小池の事務所を訪れ、事前に渡しておいた用紙に署名押印の済んだ訴訟委任状(〈証拠〉)を小池から受取ったこと、なお、その際そばにいた控訴人に対して和解の授権について具体的な説明はしなかったこと、久保田弁護士は、同月九日の第八回口頭弁論期日に出頭した際、裁判官から和解の打診を受け、更に同年九月一〇日の第九回口頭弁論期日には、裁判官から相手方に土地を売る方向での和解の勧告を受けたため、そのころ、小池と和解条件、特に、相手方から受取る金額について検討し、一応金額は四〇ないし四五万円くらいと決め、小池とともに同年一〇月八日の第一〇回、同月一五日の第一一回の各口頭弁論期日に出頭して和解の交渉をしてきたが、最終的には裁判官が二〇万円にまで下げたらどうかと斡旋し、これに対しては小池は不満をもっていたこと、同年一一月二六日の第一二回口頭弁論期日には、小池が出頭できなかったため、久保田弁護士だけが出頭し、同弁護士は、前回小池が不満を持ちながらもこれを了解したと考えていた二〇万円に相手方も承諾したので、和解を成立させることにしたこと、前訴において控訴人は全く表面に出ず、一切を夫である小池に委ねており、小池の言動はそのまま控訴人の意向に沿うものであったことが、それぞれ認められ〈る〉〈証拠判断略〉。

そして、右認定事実によれば、控訴人と小池は夫婦であって、前訴に関し、小池は控訴人の代理人としてすべてその意向に沿って行動しているところ、小池は久保田弁護士とともに和解のための口頭弁論期日に二回出頭し、和解条件についても同弁護士と相談しており、しかも、控訴人は以前にも久保田弁護士に民事訴訟事件を依頼したことがあるというのであるから、たとえ控訴人が訴訟委任状用紙に署名押印をする際現実に不動文字による記載事項を読まず、また、弁護士から特別授権事項である和解について具体的な説明を受けなかったとしても、これをもって〈証拠〉の成立に関する推定を動揺せしめる事情とみることはできない。

そうすると、〈証拠〉は、全体として真正に成立した訴訟委任状ということができ、これによれば、控訴人は、前訴の訴訟代理人である久保田弁護士に対し、和解についても特別授権をしたことが認められる。

控訴人本人の供述中これに反する部分は信用しない。また、控訴人主張のように、久保田弁護士が作成した〈証拠〉(辞任届)には、特別委任のない本件和解をしたことは瑕疵であり遺憾であるから辞任する旨の記載があるが、〈証拠〉によれば、右書面は、同弁護士が同年一二月に辞任後、小池が文面をタイプして、何の打合わせもなしに突然郵送してきたものに同弁護士が押印をしたものであることが認められるところ、同証人の証言する事実関係からは、控訴人が和解について訴訟代理権を授与していないことを窺わせるに足りる事情は認められず、かえって、特別授権がない旨の記載があっても、久保田弁護士がこれに押印したのは、高い職業倫理を要求される弁護士としては、依頼者である控訴人本人に直接確かめるべきであったのに、それまで藤沢簡裁の許可を受けて控訴人の代理人となりすべてその意向に沿って行動していた小池を信頼していたことに軽率な点があったと反省したがためであることが認められるから、右〈証拠〉の記載をもって、右認定を左右することはできない。

三以上によれば、控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰するから、これと同じ判断にでた原判決は正当である。

よって、民訴法三八四条、九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官山本博 裁判官吉村真幸)

別紙〈省略〉

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